対馬古写真図鑑

国境の島・対馬(つしま)に関する古い写真を収めたサイトです。
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対馬古写真図鑑 (写真No.170)
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■ これは豆酘崎に行く途中から写した神ですな!(宗丸)
対馬古写真図鑑 (写真No.169)
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■ 奇蹟的にもボクの父、祖父が産まれた家に間違い無さそうです。美津島町鴨井瀬、地元の人たちは『幸崎(こうさき)』と呼んでいたそうです。 少なくとも40年以上前の写真ではないでしょうか(hacozaki)
対馬古写真図鑑 (写真No.168)
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■ 茶屋町から立亀を越えて倉田さんのお宅のほうへ下りる手前から写したものですね。左端に耶良へ行く道が写っていて懐かしいです。外の防波堤が、まだ全く気配すらありません。(三浦 轍司)
■ 多分、旧海上保安部、今は、彩光園が建っている(山)
対馬古写真図鑑 (写真No.167)
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■ 厳原港の管理のため、人間の立っている所辺りに管理事務所兼宿舎があり、管理所の前から海までの間に木製の通用門が設置されていた時代のものと思われる。(桟原久之助)
■ 私が幼稚園の頃昭和29年ごろに立亀の岩肌に「○×丸」とペンキで漢字がかいてあり、船でもないのにと不思議に思ったものです。小学校に行き始めてその字も薄らいだのですが、この写真には、どうも、字の痕跡が残っているようです。(三浦 轍司)
対馬古写真図鑑 (写真No.166)
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■ 写真左下の長細い屋根は倉庫でした。2階建ての建物はお土産屋さんです。1960年ごろには、桟橋への道路を拡張するために山を削ったので、そのときに消滅しました。(三浦 轍司)
■おそらく厳原町港だと思います。住田商店の横にある、私の小さい頃は、立亀岩(たてがみいわ)と呼んでいました。岩の上からの写真だと思います。(小僧)
対馬古写真図鑑 (写真No.164)
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■天狗山から海上保安部側に寄ったところから桟橋を見たもの。男島丸ですね。船首、船尾、操舵室の赤い屋根が特長です。桟橋の右側岸壁が斜めになっていたのでしたね。その後、造船所側に海上保安部のための岸壁が整備されて、向うまで行かないとCP船を見ることが出来なくなりました。昭和31年頃のことです。カラー写真があったのですね。(三浦 轍司)
対馬古写真図鑑 (写真No.161)
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■ 美津島町鴨居瀬です。舟ぐろう大会の模様だと思います。(阿比留 伊勢男)

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