対馬古写真図鑑

国境の島・対馬(つしま)に関する古い写真を収めたサイトです。
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対馬古写真図鑑 (写真No.110)
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■ 背後の学生のユニフォームを見ると、厳原中学校(げんちゅう=GENTYU)のようですね。中央左が稲尾投手でしょうか?右の黒皮ジャンの人は?(西)
対馬古写真図鑑 (写真No.109)
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■1班から4班に、確か住んでる地域別に分かれていました。座っている桟敷は山から切ってきた竹と縄で生徒自らが組み上げます。よく崩れました。右手へ3.2.1班となるはずです。その右を登っていくと上見坂になると思いますが。(阿比留1000St)
対馬古写真図鑑 (写真No.108)
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■ 懐かしいです。この道は 昔 床屋に住んでいて小茂田浜へ遊びに行くのに良く通った道です。途中に郵便局がありました。(河上 博美)
■ 小茂田の大正橋から現農協を真ん中に見た風景ですね。(hatiyyu)
■ 小茂田浜を望んだ写真だそうで 左側の大きめの建物は、映画館(S42頃閉館?)だったそうです。(スペインの蠅)
■ 小茂田浜の方向では!? 道路の曲がり具合,向こうに見える様子から,小茂田に間違いないと思っているのですが・・・。(HK)
対馬古写真図鑑 (写真No.104)
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■K君のお父さんが船長らしい、と同級生の間で話していました。対州丸と毎日交互に桟橋に入って来ました。到着予定時刻が15時20分。実際そんな日もありました。壱州丸が新造されるまでは男島丸だったそうで、東沿岸線に乗って佐須奈に帰る友人を見送りに行った時に男島丸を久々に見ました。(三浦 轍司)
対馬古写真図鑑 (写真No.103)
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■ 大衆丸ですね。特徴 上部甲板の救命ボート、ブリッジ前のデーリッククレーン。(kurage)
対馬古写真図鑑 (写真No.102)
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■ 立亀の向うの海中に右から堤防のようなものが見えますが、いずれここまで、埋め立てられました。右から見て、人家が途切れたところが夷神社。途切れる端の家が吉田商店。埋め立ての最中、昭和34年ごろ台風が来て、この堤防がぐちゃぐちゃに壊れたのを覚えています。(三浦 轍司)
対馬古写真図鑑 (写真No.101)
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■ 祖父と祖母が火事のとき海陸に勤めていました。火事のとき警察に泊められていた祖父に毎日会いに行きました。当時私は4歳か5歳でした。(堀川)
■ 左端の建物はお土産屋さんで、この岩を削った時に立ち退きました。その向うは火事で焼ける前の九州郵船ですね。(三浦 轍司)
■ 旧九州郵船船着場。(山)

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